読書と日常がメインの日記です。


by watarajp
この本いい本です。図書館から借りてきたけど、買おうかなと思っています。
カントを非常に分かりやすく書いているようです。

子供のためというより大人必須と思ってしまいました。ドイツ人って物事を論理的に考えることを小さいときから訓練されているんですね。
カントの「純粋理性批判」の道徳論を論じているようです。
私は、カントそのものは、「永遠平和のために」「道徳形而上学言論」くらいしか読んでなく、その理解もおぼつかないくらいです。というか、カントにしろ、ヘーゲルにしろハイデガーにしろドイツの哲学者は言葉遣いが難しい。なんか分かったよぷでわからないという苦手意識があります。

比較するとフランスの哲学者のほうが、好きというかわかった気に慣れるんですよね。デカルト、ルソー、など。

第1章 何を行なうべきなのか
第2章 何を希望されることが許されるのか
第3章 何を知ることができるのか

という具合です。道徳論の真髄は1章なのでしょうが、私としては3章の「何を知ることができるのか」が一番関心を引くとともに面白かったです。
「私たちは、どのようにして知ることになるのだろうか」
「誰が知りたがるのだろうか。誰が問うのだろうか。誰が答えるのだろうか」
「この現実の世界は、本当に現実なのであろうか。あるいは、そのことを、思い違いをしないで疑うことができるのだろうか。そうした疑いは、ナンセンスなのであろうか」

などなどの質問、答え、質問、答え、と深めていく。

我々が認識できるものは何か?認識する我々とは?これは分離できないはずの我々をも認識しうる奇跡・自我の存在。自分とはないか?、人間とは何か?問いは終わらない。

最終的に真理を認識しえた我々のすべきことは、第1章「何を行なうべきなのだろうか」に最終質問テーマでまた戻っていくところが深遠だ。

私はカントは苦手です。「永遠平和のために」のようなパンフレットは読めても哲学的言葉遣いについていけないからです。でもこのフリートレンダー氏のような言葉を導きとしながらなら、カントも少しは読んで少しでも理解できるのではと思いました。

ドイツ古典哲学だけでなく20世紀半ばくらいまでのドイツって、科学技術にしろ、哲学にしろすごい人がたくさん出ていますよね。そのロジックな言葉、ドイツ語にもよるんでしょうか??
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# by watarajp | 2011-04-15 11:41 | 読書
深い深いです。
ニーチェもそうですが、それ以上に筆者自身の言葉、人生観に考えさせられました。
奥様を末期がんでなくされているようですが、そういったこともあるのかも知れません。

ドストエフスキー、ワーグナー、ショウペンハウエルなどいろいろな影響を受けているニーチェに人間の面から感じ入ります。ニーチェの哲学は、「男の哲学」と言い切る筆者に確かにそうかもしれないと思いました。


イエス・キリストの理解も「白痴」というほめ言葉って言う発想など感じ入りました。

「超人」「永遠回帰の思想」などニーチェの思想はニヒリズムとは無縁だと改めて思いました。
彼なりのときを生きている、充実感をもって。
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# by watarajp | 2011-04-15 11:16 | 読書

病院のイメージ

病院イメージ、良しも悪しもトップは「医師の対応」

というニュース。まったくそうですね。診察も人が人を診る。結局、その相性ですよね。

そ言った意味では、家庭医をしっかり決めることも重要だと思います。
まずは、いろんなことを健康を相談できる医者がいて、そこから総合病院や専門病院に行くというのが、理想なんでしょうね。
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# by watarajp | 2011-04-15 10:44 | weblog
アラン「「精神と情熱に関する八十一章」を読みました。
この第一部こそ面白いと思います。タイトルは「感覚による認識」。

普段当たり前に行なう「見る」という行為においてだまされるか、錯覚に陥るか。そんなことを例にとりながら、感覚が以下に自分の過去の経験をもとに行なわれるか、そして、それらが運動を前提としており、時間さえも感覚しうるのは、変化によって、運動によって、過去、現在、未来を理解しうること。えぇー、時間も。???と思ったのだが、ある意味当たり前である。変化を観る自分がいるから、時間を感覚ができること。五官が感じるそれさえも、学習の結果であること。このことは、私には、感動的だった。小さい赤ん坊は見ている、泣く、笑う、でもそれを記憶することがない。ものごころつく、ということは、学習の結果によって、脳に記憶できるようになることだ、何てことも読みながら連想しました。

筆者が、「これを思えば、子供が、見たものをつかもう、聞いたものをみようとして、間違いを重ねながら稽古したことにもすぐ気がつくはずだ」意味深いと思いました。

「記憶」の章で次のように語られるのは、納得がいく。
「知覚するとは常に思い浮かべることだ。だから、簡単な知覚にも、知覚のうちには、いわば暗黙の記憶がある。僕らの経験の総和がおのおのの経験に集まっている。並木道を目で知覚するということは、その道を、あるいは他の道を通ったことを思い出すことだ。木にさわったことがあるとか、木陰とはどんなものか、遠近とはどんなものか、その他いろいろなことを理解していたことを思い出すのだ。木陰は太陽でできるとか、太陽の知覚はいつも間接の知覚だということ自体に数限りない経験が含まれているからこそ、僕らの経験の総和は、おのおのの経験に集まっているというのだ。」「ここで問題なのは、暗黙の記憶であって、適切にいうと思い出ではない」
「もしどんなものの知覚の内にも、幾千という記憶が閉じ込められているものだとすれば、その物は他のさまざまな物のただなかで考えられた物ということになる」。また、その物とは、あらゆる方角に無数の道が通じているちまただともいえる。」
「未来とは、ある意味で、僕らにはいつも現在だとさえいえよう。・・・・・同様に、空間のいろいろな大きさにしても、時間との関係、実際であると同時に可能な時との関係なしにはあるがままではない。時間の可能性は、位置の形で考えられていることを申し添えたい。なおまた、前とか後とかいう言葉が、時間とともに空間も限定していることは言うまでもない」


私にとっては、メ目からオロコでした。

年齢をとることについて、ああいいなぁと思った言葉は第一部第十五章の「持続の感情」です。
「時間の本来の性質とは、その取り返しのできない変化だ。過ぎ去った時は永久に今とはならない。同じ印象がまたかえってきても、僕は依然としてその印象をかつてかんじた者だ。春はすでに幾春かを過ごした人を訪れる。生き物がみな老いるように、どんな意識でも取り返しがつかず、年をとるものである。真の時間とはそういうもので、いろいろな運動が僕らに時間らしいものを与えるにすぎない。この時間は僕の中にしかない、僕のためにしかない。僕が一つの物体を思いうかべると、物体のどんな部分でも、初めの状態のままで心によみがえる、幾度でもよみがえる。これは理解できる。なにものも過去とはなるまい。しかし、僕という証人にとっては、ある物の二度目の印象は、その最初の印象にかわりにはならない。印象は付加されるのだ。僕は貯蓄するから年をとるのだ。」

いい言葉だって思います。

「時間もまた空間と同じく、普遍的な経験の一形式だということだ。この真理は少しも新しくない。しかしこれをよく理解するということが常に新しいのである」

言葉は、ともかくうつ病を患う自分には、みずからの思考を考え直し、自分をよく生かしていくためにガガガーンと来た言葉でした。時間が変えてくれることを望むのでなく、自分が自分で望んだとおりに考えることによってよく生きたいと思うのです。

第一部第十七章「主観的なものと客観的なもの」

僕が僕であるのは、さまざまな真実な知覚の唯一の連続による、ここに記憶の原理があるので、他のすべてはここにかかっている。鋭敏な人がまず物とか物の破片とかを探って、昔の感情を求めるのはあたりまえなことだ。僕はこの世によって自分自身を考えるにすぎない。外界の物の存在を証明するには自意識というものでたりる。と、なかなかむずかしい定理だが、カントは言っている。」


なかなか面白い。

第二部、第三部は意外に難しく感じましたが、その後の、第四部以降も現実的でとても面白いです。


アラン大好きだ、と改めて思いました。
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# by watarajp | 2011-04-14 12:23 | 読書

「老子」

こういう気持ちで生きて生きたい。こういう世界でありたい。欲望をもっと抑えることができたら、もっといい自分に合えるかもしれない。必要最低限の生活で満足できれば、もっと世を楽しめるかもしれない。

「これが道ですと示せるような道は、恒常の道ではない。これが名ですと示せるような名は、恒常の名ではない」
「転地が生成され始めるときには、まだ名はなく、万物があらわれてきて名が定立された。」

「道」は理念なのか存在なのか、すべてをひっくるめて、道なんだろう。
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# by watarajp | 2011-04-13 09:34 | 読書
最近はまっている池田晶子の本を読みました。
片方は以前も読んでいる。実家の書棚にたぶんあると思う。
でも。しばらく帰れていないので図書館から借りてきた。

相変わらず、池田節炸裂って感じです。

「人生のほんとう」は、語り言葉で書かれています。講演で使ったものを書き直したようです。だからこそ分かりやすい。常識とは何か?あたりまえであることの不思議、これが人生なんてところがいいんですね。
人生の幸福を己の内に求めるのって、宗教なんだよなて思うし、別の本で教祖になれる能力あることを冗談で書いていたけど、その気になればできるんじゃないと思ってしまいます。
年齢について中年以降が楽しい、人生の酸いも甘いも知ってこそ楽しいって納得する。アンチエイジングは見かけの若さを保つことはよいことでしょうが、その人の中身はドうなのっていう、真実から目を背けている。ここが痛いですね。自分も、白髪が出て染めたりしている。でも、若く見せたいというより、仕事上その方がいいのかなというのが現実だ。アルバイトがサービス業だから。でも、でも、年をとることはいやなこと多い、(髪もそうだし、肌もそうだし、歯もそうだし、目もそうだ。いろんな器官が年齢を感じる。特に眼はきつい。老眼はいってきたし、緑内障で視野の欠損もみられてきた。自分にとって、老いは切実な問題だ。でも、なくなることを悔やむより、あるものを感謝しありがたる、そういう姿勢でいたい。
宗教の問題は難しい。私自身は、いわゆる宗教を信じないし、まだ、自分が生かされているというか、運命っていうか、とてつもなく人生ってこんなものかという感覚は持ちえているし、持ちえていない。
自分という存在は、この日本の社会の一員としての自分でしかなく、にもかかわらず、自分の絶対的自覚なしには、すべてを理解不能な自分がいる気もするし。

よく分からん。

いいたいことがまとまったようでまとまらない世界を歩くしかないようです。


「人生は愉快だ」はとても愉快な本です。
死についてのテーマと雑誌紙上の人生相談とからなっています。私の関心はもっぱら「死」を語り、騙り、物語る、そういった人たちを池田氏が語ることです。

ブッダから始まり、一休禅師まで古今東西の哲学者、宗教家、心理学者に論じうさせます。

特に、Ⅰの仏陀、老子、荘子、孔子、イエスは圧巻です。これほど全世界に影響を与えた人たちを軽く、重く「死」というテーマで語らせ活かすのですから。
Ⅱはソクラテス、プラトン、ピュタゴラス、ヘラクレイトス、エピクロスといったギリシャ哲学者
Ⅲはデカルト、パスカル、スピノザ、カント、ヘーゲルといった近代の哲学者、
Ⅳはキュルケゴール、小ペンハウエル、ニーチェ、マルクス、シュタイナー
Ⅴはフロイト、ユング、ハイデガー、ヴィットンゲンシュタイン、西田幾太郎
Ⅵは臨済、空海、道元、親鸞、一休    となります。



「死」を「あっち」「ない」
「生」をこっち」「ある」
ととらえると確かに当たり前であるけど当たり前を思索することの難しさ・楽しさを感じます。
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# by watarajp | 2011-04-13 09:11 | 読書

「般若経典」について

先ほど書いた読了した2冊目の「般若経典」こちらもとてもよいです。

インドの時代背景が分かりやすいし、仏教や数学のゼロが生まれたインドってどうしてなんだろうって思います。

カオスとカスト身分制度なんかも関係あるんでしょうか?
それとも地域的特質なのかな?

「空」っていう思想が「般若心経」によってその真髄をかかれ「空」の実践を「金剛般若経」に書かれているんですね。だいぶ前に読みはしましたが、やはり現代語的な訳のほうが、お経より分かりやすく、心にすっと入ってきます。サンスクリット語訳や漢訳やはりどちらも同じなのに何か違うって思ってしまいました。というかどちらもみてその真髄を理解していけるんだろうなって思います。
言葉は、言葉、そこから自分の考え方に高めていくためには、また別のプロセスを要します。

「空」は「有」と「無」こえたところにあるわけだし、「縁起」によって現実的なんだし。
また、中国道教の「虚無」って考え方が、実は近かったり。

人は生きるために「自分は何であり、自分はどう生きるのか」宗教と哲学はつねにここを問うんだと思います。そして、そこのきわみの世界は「知らない」ということなのか、「無」を覚ることなのか唯一の「神」を信仰するのか。ともかく、自分自身の問題なんですね、これは。

「往ける者よ、往ける者よ、彼岸に往けるものよ、彼岸にまったく往けるものよ、さとりよ、幸あれ。」
「ギャティ、ギャティ、ハラソウギャティ、ボジソワカ」

すべてを知りること、覚ること、
ここに真理がそして悟りの世界があるんですね。

「般若波羅蜜多」って絶対的真理だったんですね。
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# by watarajp | 2011-04-12 11:21 | 読書
 池田晶子氏の「無敵のソクラテス」
中村元氏の「般若経典」を読了しました。

「無敵のソクラテス」相変わらず面白いし深いですね。ソクラテスは池田氏であり、クサンチッペも池田氏なのだが、絶妙にいけてる。ソクラテスは、ひたすら相手を問うことで、相手の無知やこの「私」や生と死の問題についてつねに深く思考する。あるいは存在するとあなにか?自分であって自分でないこの「私」とは何か。ここにすべてが行き着く。今しか生きれない時間の無限性と有限性、いろんな意味で哲学をわかりやすく、というか考えることの楽しさを教えてくれる。

 「ソフィーの選択」確かに昔売れていた本だった気がするが、、彼を哲学教師であって哲学者でないと言い切るのも確かにそうだと思う。哲学史と自分で物事を哲学するのは違う分野だし、きっても切れないけど違う。この人の言わんとするところはいつもはまっていていい。

 フェミニストやオーム、エコロジストや脳科学者それらとの対談が成立すれば、こうなるんだろうとまったくそのとおりに思う。「失楽園」ブームや性教育論議、これらも面白い。池田氏は、ソクラテスの再来か、とほくそ笑んでしまうのである。難しい言葉を使うより、自分の言葉で自分で考える、これがいかに今欠けているかって思う。

 ブッダとキリストとソクラテスとの対談は笑ってしまった。こんな風に分かる人はお互い分かるように会話するんだろうか、と。プラトンは、高校生のとき、「ソクラテスの弁明」や「饗宴」など読んだけど、難しかった気がします。再度、読んでみたいと思いました。また「国家」も。

 それぞれの癖みたいなの確かにありますよ。哲学者とはいえ、生身の人間なんですからね。しかし、もしもそいつが本物の哲学者なら、時代や個人やその癖なんてのとは無関係に、いや、まさにその癖によってこそ、同じ事柄をわれわれは考えているんだってこと、知っているはずなんだ。

プラトンに言わせたこの言葉が言い得て妙です。

プラトン的に「真実在性とはなにか」
ソクラテス的に「正しさとはなにか」
アリストテレスなら「存在するとはどういうことか」
デカルトなら「考えるとはどういうことか」
スピノザなら「存在はどうしてこうなのか」
カント、「どうしてこうとしか考えられないのか」
ヘーゲル「考えているのは私じゃない」
ニーチェ「考えているのは私だけだ」
ハイデガー「考えているのは存在だ」
ウイットンゲンシュタイン「私であるとはどういうことか」

筆者が書いている言葉ですが、いいですね。

デカルト、スピノザ、ハイデガー、ウイットンゲンシュタインは学生のときの教養科目の「倫理学」でであったのが初めてで原文を紹介しながらエッセンスヲ教えてくれたことを思い出しました。今思えば、高校時代まったく分からなかった哲学の領域を始めて触れたのが大学の教養だった気がする。その意味で、わたしの学生生活は、専門科目の授業はほとんど出ませんでしたが、古典を読むこと、そこから自分が学ぶと同時に、彼らの書きたっかた実存に迫り、自分も考える・思考するということをしたかった時間があった。という意味で大学生活は有意義だったのかもしれないと思いました。
 ほとんど忘れてしまったのは知識としての勉強だったのかもしれないと後悔も含め。
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# by watarajp | 2011-04-12 11:04 | 読書
リンク: 本を読まない中国人、読書量は日韓の9分の1―中国 - 速報:@niftyニュース


これわかるんだよね。妻は、僕が本を読むのを嫌がる。それでお金になるのか?と。
子供に絵本を読んだり読ませようとするのも嫌がる。それでいて教育ママ。よくわからない。
本を読むこと。自分で考えること。自分で勉強すること。そういった習慣は、日々読書する習慣から生まれると、私は思っています。
もちろん、ネットは便利です。ニュースも。いろいろなHPやブログ、あるいは最近のSNSもきっと。
でみ、その根底にあるのは、実物の本を読む習慣がないとまずい気がする。TVのようになってしまうと思うから。受動的な観覧より積極的な想像、思考が実物としての本の読書があると思う。自分のペースでできるのもよい。また、辞書などは特にそうだが、調べると同時に違う言葉もついつい見たくなるような好奇心、そういったものをはぐくむためには、いいんじゃないかと思っています。ある意味ラジオは、TVより読書に少し近いと思いますが・・・。

ネットの便利さを利用し、blogという形で日記をしている自分が、いうのは変化とは思いますが・・・・。
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# by watarajp | 2011-04-11 11:18 | weblog
Ⅴ 正義と芸術  これは、多くの人に読んでほしい言葉の連続です。

特に、「不幸」述べている、扱っているのもの。これらは、現在の東日本大震災でおきていることに私たちが思い行なう指針となってもいいかもしれないと思います。

不幸を不幸と嘆くのでもなく、また不幸な人に勇気付けるのでもなく・・・・
「熱意や心の躍動や憐憫ではたりない」というヴェイユの言葉になんとなく感じるものがある。

「隣人愛」なんかなぁ、それが。
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# by watarajp | 2011-04-08 14:11 | 読書