読書と日常がメインの日記です。


by watarajp

学生時代の話

私は、学生時代は、経済学部だった。当時の経済学といえば、近代経済学(とりわけ新古典派に属する)が主流だったと思う。
ケインジアンもちぃっと劣勢かな。
そんな中私の通う大学では、ほぼ半分がマルクス経済学あるいはマル経くずれとも言うべき教官だった。私の指導教官(ゼミ)もいまだにそこの大学教条をやっているが、どちらかというとマル経崩れだと思う。
当時は、レギャラシオーン理論なるものが結構盛んで、ゴルバチョウフの登場や世界的な社会民主主義政党の伸張などもあったのだと思う。
日本では、あのおたかさん(土井たか子)が委員長の時期だ。選挙も消費税反対の声もあり結構選挙で伸びたと思う。
私の指導教官は、レギュラシオーン理論のため、ボワイエ、リピエッツなどを主に勉強した。
また、彼らの依拠する(マル経の言葉を使って借用した)ケインズこそ勉学の対象だった。
私も、金欠ながら大枚はたいてケインズ全集のうち何冊か買いました。
ケインズは実践的政策論者で非常に面白かった。読んでわくわくした。
しかしその理解は、教官の言ってることは、的を得ていなかった。少なくとも私には、そう思えた。
私のケインズ像と教官の説明するケインズは、かなり違った。
やはり、彼の学問的バックボーンが私と違ったからだ。

当時は、それくらい勘違いもしていたのだ。

私は、マルクス経済学も勉強した。自分でいうのもなんだが、それなりに勉強したと思う。
資本論や国富論などは、何度も何度も読み返した。
この2冊は、私の学生時代のバイブル的存在である。(それはどうでもいいことだが)

経済学も哲学も楽しかった。当時、わが大学に学生運動をやっている人がいた。
彼らの影響もいくばくか受けた。
ヘーゲルの小論理学、精神哲学、自然哲学の3部作は、必死になって読んだ。
カントモ読んだがほとんど理解できなかった。私には、ヘーゲル以上に理解不能だった。

デカルトも面白かった。ハイデガーやキュルケゴールも楽しかった。
西田哲学には非常に感銘を受けた。
私は、ニートのようなものである。ただ、書物を読み、時に感想をノートに記し、ただそれだけで楽しくうれしかったのだ。
毎日がハッピーだった。(ニートですから)

いまから思うと、なんだったのかと思う。
ただ経済学については、中途半端だったと思う。
いまから思えば、もっと授業に出て勉強すればよかったと思う。
教官は、結構、いまから思えば優秀な方がそろっていたのだから。
現在では、某有名なW大だとかT大だとかH大のような東京周辺では、有名な大学の教授にその後なった方が、たくさんいたのだから。

金融やマクロ経済学は今になっても本を読むことがある。
経済の根幹は金融だと思う。昔においても今においてもそうだが、とりわけ、管理通貨体制になってからは、その意味は、増している。

このごろ、もっと勉強しておけばよかった、という悔恨の気持ちが強い。
社会がどう動き、どうなっていくのか、見極めたいと思うのである。
若造の夢物語のような話だが、「投資」「投機」ということをいろいろ考えるようになってなおさら思うのである。

自分が人生やり直せるなら18に戻りたいですね。
多分、同じようにニートになってるかもしれないが、もっと学べるものはあったと思う。

こんなこと考えるのは、青臭いのかな、それとも年をとったのかな。
支離滅裂ですねぁ。
by watarajp | 2006-04-01 22:33 | 日記